皇妃エリザベートの詩

場所:コルフ島
いつ:1865年
年齢:28歳
尊敬する詩人「ハイネ」に向けて書いた中で代表的な詩「わが師へ」
君主制、貴族制を軽視し、「革命詩人」のハインリヒ・ハイネを崇拝していた。
しかしハイネは当時、急進自由主義で社会批判家で貴族階級や宮廷では危険視されていた人物であったため夫のフランツ・ヨーゼフ皇帝の頭痛の種だった。
後年コルフ島のアキレイオンにささやかなハイネ神殿を設けたのは彼女の感謝のあらわれにすぎない。
ハイネに対して「わが師へ」
わたしは夢の国へ飛んでゆく
師よ あなたのいる国へ
あなためざして もうわくわく
心が歓声を上げている
あなたの魂はわたしを指導した
1日中わたしを支配した
わたしは感じた 自分の心が
それにすっかり服していると
その魂は 黄金の言葉で
わたしの芯まで押し入った
その教えはぎりぎりと
わたしの頭脳に食い入った
きっと思いつめ 雪の野道を
何時間も歩きまわっていたにちがいない
日ごろ感じる坂道や斜面の魅力が
このさい何だったろう!
あなたはわたしに付き添ってくれた
いろんなことを語ってくれた
あるときはひたむきに あるときは朗らかに
それを残らず わたしは家に持ち帰った
いまだに毎晩じっと わたしは
あなたの肖像の前に立っている
それでどうにか心の苦しみが鎮まるとは
まあ なんと情けないはなし
もう夢の国に発ってしまおう!
そこにしか このあわれな心が
安らげるところはないのだから
師よ あなたはそこにいるのだから!
場所:アイルランド
いつ:1880年3月上旬
年齢:43歳
ヴィクトリア女王を訪問しなければならないこのときの気づまりを「女王ティターニアの宮廷年代記より」で嘆いた。
オベロンとはフランツ・ヨーゼフのことである。
ホーム
きょう近づきに行くのは
マデイラ旅行のときと大違い
これほどわたしの性に合わないことはない!
ほんとよ ちっともうれしくないわ
オベロンのために行くだけよ
頼まれたきょうの訪問先は
あの島国の王女さま
退屈なら うちの宮廷でたくさんなのに
まだ足りないみたいじゃないの・・・・・・
場所:シナヤ近郊ペレシュ城
いつ:1887年4月28日 ルーマニア休養
年齢:50歳
人間関係の好き嫌いが多いエリザベートが心を許したルーマニア王女ドイツの貴族出身でエリザベートといい「カルメン・シルヴァ」というペンネームで詩集も出していた。
同名であるうえ志向も共通するため、皇妃エリザベートは珍しく親しみを覚え話し込んだ。
詩のやり取りだけでなく実際に会って話をしていた。
宮廷を訪ねたかったのではありません
王妃のところへ行きたかったのでもありません
ただ詩人に会いに来たのです
カルメン・シルヴァをさがしに来たのです
場所:シュタルンベルク湖の薔薇島
いつ:1885年6月
年齢:47歳
エリザベートからルートヴィヒ2世に対して贈った手紙「北海からのあいさつ」
作中「鷲」はルートヴィヒ2世を、「鴎」はエリザベートを象徴している。
また黒人は従者ルスティモをさし、1881年シュタルンベルク湖で船遊びをしたさい、ギターに合わせて異国の民謡を歌ってくれた故事にちなんでいる。
かなた高山の鷲よ あなたに
海の鴎が 泡だつ波から
あいさつを送ります
万年雪のほうへ 高々と
わたしたちが会ったのは
もうだいぶ昔
湖面のあくまでおだやかな
薔薇さきにおうころでした
わたしたち 黙って翼をならべ
深い静寂に舞いました・・・・・・
ひとり 黒人が小舟で
歌っているだけでしたね
場所:シュタルンベルク湖の薔薇島
いつ:1885年9月以降
年齢:47歳
ルートヴィヒ2世が感激の手紙を添えてエリザベートに送ったお返しの詩
「アルプスからの返事」
遠い海辺から鷲の高巣へ 鴎のごあいさつ
まちがいなく届きました
鷲は翼もかるがる
昔の思い出になって飛びました
あれはたしかに 薔薇かおる入江を
鴎と鷲がいっしょに訪ねたときでした
出会った両者は誇らかに弧をえがき
会釈を交わして過ぎ去ったのです
いま山の高みへと向きを変え 鷲は
デンマーク海岸の鴎に感謝します
そうして羽音もさっそうと
海面へ朗らかなあいさつを送ります。